昨日のことだったような気もするし、1000年前のことだったかもしれない。
そんなお話。
(つづき)
助手 え?発振器がサルの行動をコントロールするんですか?
博士 うむ。そうなのじゃが、その話を続ける前に、このサルの特徴を一つ解説しよう
助手 何か、面白い特徴でもあるんですか?
博士 このサルたちは、集団でいるときに、誰もが望んでいない行動を、「みんなのやりたいこと」とすることがある
助手 はあ?ちょっと何言ってるのかわかりません
博士 つまりだな、ある提案に対して「反対しているのは自分だけだ」と各自が思い込み、「皆が賛成なら仕方ないから私も賛成」という構図となり、結果的に全員が意に反して賛成に回ってしまうということだ。これを「アビリーンのパラドックス」という
助手 は、博士!
博士 なんじゃ?
助手 ますます意味がわかりません!
博士 じゃろうな。たとえば、このサルにある病気が流行ったとしよう。その病気は新型の病気で、まあ、未知の病気じゃ。サルたちは、感染してその一部は重症化して死んでゆく。
助手 い、一大事じゃないですか!
博士 そうじゃ。だがな、病気なんてものはごまんとあるし、旧型だからってすべての病気が完治するわけじゃない。
助手 そりゃそうでしょうね
博士 それに、サルが死ぬ原因は病気だけじゃない。木から落ちて死んだり、思い悩んで自殺するサルだっている
助手 恐れるのは新型の病気だけじゃないぞと…
博士 そう。もちろん、新型の病気は恐ろしい。だが、敵はそれだけじゃない。一つに関わりすぎると、他がおろそかになってしまう
助手 確かにそれは言えます
博士 だから、冷静にデータを取ることが必要じゃ。新型の病気によって、どれだけ影響が出たか。もしかしたら、影響は出ていないかもしれない
助手 えっ?さすがに影響が出てないってことは無いんじゃないですか?
博士 一年に死ぬサルの数は大体決まっている。もし、その数値を明らかに超えていれば、それは新型病気のせいじゃろう。だが、もし死亡総数がさほど変わらないとしたら
助手 つまり、「新型の病気によって死者が増えた」とは言えなくなるわけですね
博士 そういうことじゃ。総数が変わらないなら、別に、この病気があろうがなかろうが関係ないということになる
助手 じゃ、病気を過度に恐れず、楽しく今まで通りに暮せばいいじゃないですか
博士 それが出来なくなるのが、さっき教えた「アビリーンのパラドックス」なのじゃ
助手 どういうことです?
博士 「病気はたいしたことない」「みんな大げさに騒ぎすぎ」「自分は周りに流されずに冷静に判断していこう」と個人レベルでは思っていたとしても、テレビを始めメディアがこぞって新型病気の恐怖キャンペーンやってるから、とてもとても、周囲に言えない。もしそんなことを口にすれば、寄ってたかって叩かれるのが目に見えている。それなら「怖いふりをしておこう」という心理が働く。内心おかしいと思いながらも、みんながそう思っているなら、私一人の反対でぶち壊しちゃいけない、周囲に同調しよう、となる
助手 うーむ
博士 誰しも「新型」というワードには弱い。そしてサルたちは、さらに極端な行動を取るようになる
助手 極端な行動?
博士 この病気は飛沫や接触で感染するから、サルは巣に閉じこもり、外に出なくなる。他のサルと会うこともしなくなる。会えば、病気に感染するリスクが発生するからな
助手 でも、ずっと巣にばかりこもってたら、それはそれで体に悪いんじゃないですか?
博士 その通りじゃ。じゃが、病気の為なら仕方ない。口を布で覆い、巣から出ず、もんもんと過ごす。それだけならまだいい。他所から来たサルを恐れ、憎むようになる
助手 なぜです?
博士 そいつらは、「巣から出ない」というルールを破っている無法者だからな。和を乱す異分子、ってわけだ
助手 へぇ
博士 もし、サルが口を覆わずに外を出歩いていたら、石を投げたり、悪口を言うようになる。
助手 他のサルまで攻撃しなくてもいいじゃないですか
博士 そう。だが、どのサルもそれは言わない。いや言えない。内心「今の動きは行き過ぎてるなぁ」と思っていても、「そう思っているのは自分だけ」という心理が働いて、冒頭に紹介したように、アビリーンのパラドックスに陥ってしまうというわけじゃ
助手 なるほど。ちょっと分かってきました
(つづく)